群馬県桐生市広沢町。手臼山の麓に、堀と土塁に囲まれた一軒の屋敷があります。国指定重要文化財・彦部家住宅。約一三〇〇年の家譜を伝える彦部家が、戦国の世からこの地に住み継いできた家です。
そのすぐ隣に、私たち彦部科学の工房があります。糸を巻いて灯りをつくる私たちのものづくりの根は、この家と、この土地の織物の歴史につながっています。
千年の家
彦部家は、天武天皇の長子・高市皇子を始祖と伝える家系です。室町時代には足利将軍家に仕え、永禄四年(一五六一)、彦部信勝が桐生・広沢の地に屋敷を構えて定住しました。以来、彦部家はこの屋敷とともに、四百六十年あまりをこの土地で生きてきました。
主屋、長屋門、冬住み、文庫倉、穀倉。屋敷を囲む土塁と堀。中世武士の館の面影を今に伝える建物群は、平成四年(一九九二)に国の重要文化財に指定されています。
織物の時代
桐生は、古くから絹織物のまちとして知られてきました。彦部家には、一六世紀中頃、京の都から届いた一通の織物の注文書「仁田山紬注文書」が伝わっています。将軍・足利義輝の侍女から彦部家に宛てられたこの文書は、当時すでに桐生の織物が都で求められていたことを物語る資料です。
江戸の世に武士の身分を離れたのちも、彦部家は養蚕と染織を営み、糸とともに生きました。明治には彦部駒雄が桐生織物同業組合の組長を務め、織物のまちの近代化と、後進を育てる工業学校の設立に力を尽くしています。
発明の時代
一九五六年、彦部家住宅のほど近く、同じ広沢の地に彦部科学は生まれました。創業者は「町の発明家」。糸のまちの暮らしと産業の困りごとに向き合い、捲縮糸を応用した掃除用具など、糸の可能性をかたちにする道具を次々と生み出しました。
なかでも、のちの彦部科学を決定づけた発明があります。繭から糸を繰り出す「座繰り」——桐生で長く使われてきたその道具の動きを逆にたどり、糸を巻いて、ふたたび繭のかたちへ戻す機械。糸巻きシェードの原点となるこの一台は、糸のまちの記憶から生まれました。
灯りの時代
二代目・彦部恭一は、先代の発明を商品へと育てました。糸の隙間から光が溢れて生まれる繭のような風合いの灯りは、大手照明メーカーへのOEM供給を通じて国内外の空間に広がり、国際的なデザイン賞にも輝きました。
hico、世界へ
そして現在。三代目・彦部隼人のもと、長年のものづくりで磨いた技術を自分たちの名前で届けるブランド「hico」が動き出しています。パリの国際見本市への出展、北米でのポップアップ。一三〇〇年の糸の記憶は、いま世界の空間で灯りになろうとしています。
